無理してミニマリストにならなくても良いと思ったこと。
最近では、断捨離やミニマリストなどの「少しの物しか持たない暮らし」が流行っています。
私もその一人で、ミニマリストを目指していますが、無理して「ミニマリスト」にならなくてもいいかな?と思うようになりました。
※この記事は、2016年11月24日に更新した記事を再編集したものです。
ミニマリストっていったい何?
そもそも、ミニマリストって、何なのだろうと。
ネットで調べると、「最小限のことしかしない人。最低限必要なものしか持たない人。」と出ててきます。
その定義って人それぞれだと思うので、例えば、「炊飯器を持たずに鍋でご飯を炊く人」が必ずしもミニマリストと呼べるのかと言うと、そうではないと思うのです。
「自分に必要な物だけを持つ」のであれば、炊飯器があろうと、食洗機があろうと、服や雑貨が多かろうと必要だから持っているのであれば、良いだけのことだし、それをミニマリストと呼ぶ、呼ばないことは、どっちでもいい話だなぁと。
ただ単に、持っているアイテムが少ないから「ミニマリスト」と呼ぶのが、一番分かりやすくて簡単です。
けれども、「持っているアイテムが少ない=不便」に繋がる場合もあるし、
「持っているアイテムが少ない=心の豊かさ」は、果たして=(イコール)で繋がるかどうか、疑問に思ったからなのです。
「なくす」をやってみることで、見えてくる現実。
私もかつて、雑誌やブログのようなシンプルライフに憧れて、「私もこんな風な生活がしたい!」と思っていました。
けれども、シンプルライフ・ミニマリストの見方は、人それぞれです。
環境も日々の暮らし方も、もちろん性格も住んでいる場所も全く違うので、雑誌やブログのような憧れの人と、全く同じように生活を合わせることは、もともと不可能だったのです。
鍋でご飯を炊くことも試しました。
でも、子供が4人いる私にとって、タイマー予約付きの炊飯器は便利なので、我が家には必要です。
それに、一度に5合のご飯を炊くこともあるので、炊飯器の方がやはり美味しく炊けます。
食洗機は、もはや必需品ですし、オーブントースターも使います。
ホームベーカリーも、ないと心寂しい時期がありました。
私の場合、やみくもに家電を減らし過ぎると、便利さや豊かさ、自分の時間を失ってしまいます。
「使う物は便利にフル活用して、使わない物は断捨離する。」スタイルが、一番自分に合っていました。
他人は自分とは違うので、その人の真似をしても、必ずしも幸せになれるとは限らないのです。
断捨離を継続していくと、自然にシンプルな暮らしになる。
私の意見ですが、「断捨離」することはオススメです。
やはり、無駄な物(使っていないもの)がなくなるとスペースも広くなり部屋もスッキリしてきますし、多くの物を管理しなくて済むようになるので、頭もスッキリしてきます。
私も、数々の物を断捨離してきて、旦那が正社員になるミラクルが起きたり、すぐにお給料が上がったりと、不思議な体験をしてきました。
もちろん、断捨離したら、必ずしも運気が上がって幸せになれる!と思い込んではいけないと思います。
ただ、不要な物を捨てることは、子供にとっても大事なことです。
先日も、子供の本やおもちゃを整理しました。おもちゃや絵本は、今使っているものだけにして、教材の収納場所も変えました。
子供4人で散らかされるので、散らかされる物は少なくしておくと、自分もラクだからです。
人間が一日に出来ることは、限られています。 私はこれからも無理なく断捨離しながら、自然にシンプルライフになれるといいなと思っています。